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まずはひとつをきちんと完成させることが大切!

自然食品製造・販売・経営
曽我定治さん
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自然食品に携わるようになったきっかけは?

東京から石垣島に移住して15年ほど経過した頃かな。農業では食べていけず、正直行き詰っていた時期があったんです。それまでは家族5人でサトウキビやオクラ、カボチャなどを出荷していたのですが、子供が家を離れることや体力的に辛くなってきたこともあり「さぁ、これからどうするか?」と。もとを辿れば、そこがスタートだったんでしょうね。偶然にも同時期、よく妻が「スーナ」という海草を海から採ってきていたんです。食べてみたらその食感と言い、歯ごたえといい、今まで口にしたことのないもの! 海草なのでノンカロリーだし、なにより文句なしに旨いんですよ。「これ、もしかして商品化したらイケるんじゃないか?」それでスーナの商品化に向かって動き始めました。ラベルを作成したり、地元での普及に努め、試行錯誤しながら2年ほど費やして商品化を実現。会社名を『石垣島 海のもの 山のもの』としたのは、小さい頃「今日のお弁当に海のもの、山のものは入っていますか?」と学校の先生によく聞かれていた経験から。今はお弁当の中身もほぼ冷凍食品メインの時代でしょ? 冷凍食品は手軽で美味しくて悪くはないけど、味気がないし愛情に欠ける。そういうことを、今一度見直すことも必要だなと感じたんです。 |
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商品開発の際のエピソードなどは?

沖縄は、おじいちゃんおばあちゃんの知恵や風習、神を重んじる生活がいまだに健在する場所。そういった意味で、東京出身の私にとっては、おもしろい素材に溢れている場所でもあったんです。地元の人が当たり前に料理に使用していたものを、調味料として自分なりにアレンジし、発信していこうと思いました。最初の商品は「島七味」でしたね。石垣島で自生、もしくは栽培する植物のみで七つの味を集めて商品化。無農薬であること、更に食感と香りにはとことんこだわり、素材植物の選別から粉砕方法、ラベルに至るまでかなりの時間を要しました。でも不思議なことにひとつが完成すると、次々に周りが見えてくるんです。「この素材もおもしろい、次はこうしよう」ってまるで視界がパ〜っと広がるように、新しいアイディアや素材が目に前に飛び込んでくる感じで。5年くらい経過して商品が揃ってくると、今度は設備面での投資が必要になりました。運よく沖縄県の援助を受けることもでき、農業法人のシステムを導入、工場と店舗の設営がスタート。看板に調度良い流木を探しに海へ出て、墨で描いてニスを塗ったり(笑)。本当にひとつひとつが手作業で、大変でしたけどすごく楽しかったですね。 |
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現在の商品数は?

調味料、海草、自家製ハーブなどを含めて約50種類ほどあります。石垣島の海と畑で採れたものが基本のラインナップ。おかげさまで島内での扱いはもちろん、ここ数年の沖縄ブームもあって、日本全国の沖縄料理店やアンテナショップ、高級料亭との取引をさせていただいています。 |
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仕事の喜びは?

やはり自分が企画した商品が世の中に出て、それを手にして使ったお客様から「美味しかった、また注文したい」と言って貰える時ですね。ひとつひとつの商品がセールスマンだと思っていますから、愛おしいし愛着もある。でもいちばんは家族が私のやっていることを応援してくれていること! これに尽きるんじゃないかな。息子が跡取りになったことで地元での基盤が築かれ、東京での沖縄物産展時は、石垣島を離れた娘達が切り盛りしてくれている。親バカですけどね(笑)、とても有難いと思っています。 |
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今後の展望は?

既に発売している「ヒバーチ」という八重山地方で使用されている胡椒のアレンジ商品を考案中です。先月シンガポールとマレーシアにもそのルーツを辿る旅へ行ってきました。物にはすべてルーツがあり、それを知ることでよりいいアイディアや商品が生まれるというのが私の自論。理想は石垣島でウチの商品が各家庭に一本! そんな風になったら最高ですね。やはり地元で支持されることが大切だと思いますから。今後の大きな課題は原料の確保と素材の育成。自然相手なのでリスクは大きいですが、100%自社のみの素材で生産することが最終的な夢であり目指すところ。ウチの商品は決して沖縄料理だけに合うものだけじゃありません。和・洋・中と、どんな料理にもグローバルに対応できます。ぜひ一度お試しになってください。
取材・文/スタイルワークス |
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石垣島 海のもの 山のもの HP
http://www.umiyama.org/ |
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